大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)8757号 判決 1985年11月26日
原告
杉村一日出
原告
荒木豊
右両名訴訟代理人弁護士
岩嶋修治
被告
大晃産業株式会社
右代表者代表取締役
大草勇
右訴訟代理人弁護士
中垣一二三
同
針間禎男
同
綿島浩一
同
北野幸一
主文
被告は、原告杉村一日出に対し金五二万七二〇〇円、原告荒木豊に対し金三三万一七〇〇円及びこれらに対する昭和五八年一二月一八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告杉村一日出に対し金二八〇万〇七〇〇円、原告荒木豊に対し金二三九万一四五〇円及びこれらに対する昭和五八年一二月一八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 被告は、大阪市北区曽根崎にあるキャバレー「ジャンボ」等を経営している株式会社である。
(二) 原告杉村一日出(以下「原告杉村」という。)は、昭和五八年九月二〇日まで株式会社春大阪(以下「訴外会社」という。)が経営するミニ・クラブ「ヤング・ハル梅田店」(以下「ヤング・ハル」という。)の店長を、原告荒木豊(以下「原告荒木」という。)は、同月三〇日まで同店の支配人(マネージャー)をそれぞれしていたものである。
2 賃金請求及び被告の債務不履行による損害賠償請求(主位的請求原因)
(一) 雇用契約の成立
(1) 原告杉村は、昭和五八年五月ころから、被告より前記「ジャンボ」の三階部分を「ヤング・ハル」のような時間制のミニ・クラブに変えたいので、その店長として来て欲しい旨の勧誘を熱心に受けるようになった。
(2) 原告杉村は、当初右勧誘を断っていたが、同年八月二二日ころ、被告の松岡資常務取締役(以下「松岡常務」という。)から右同様の勧誘を受け、同年一〇月ころミニ・クラブをオープンして欲しい旨要請されたため、同人との間で、店長の給与、賞与等の勤務条件は訴外会社と同一とすることと「ジャンボ」の三階部分をミニ・クラブに変えた場合の一日の売上げ目標について話し合った。また、その際、同人から「ヤング・ハル」の支配人も一緒に右ミニ・クラブの支配人として来て欲しい旨の申し入れを受けた。
(3) 原告杉村は、同年八月二四日ころ、被告の大草勇社長(以下「大草社長」という。)及び松岡常務と会ったが、その際にも、ミニ・クラブを同年一〇月にオープンするので、その店長として来て欲しい旨要請されたため、同人らとの間で、その場合の売上目標や店長及び支配人の給与及び賞与を訴外会社と同一にすること、交際活動費等について再確認した。
(4) そこで、原告杉村は、同年九月一〇日ころ、被告に対し、申入れを承諾する旨伝えたうえ、同月一三日、大草社長及び松岡常務との間で、給与及び賞与を訴外会社と同一とすること、ミニ・クラブのオープンまでの活動費を五〇万円とすること、同月二〇日に訴外会社を辞めて翌二一日から被告に入社することを正式に取り決めた。
(5) また、原告荒木は、原告杉村を通じ被告からミニ・クラブの支配人として来て欲しい旨の申入れを受け、同年九月一四日、原告杉村を介して松岡常務に対し、訴外会社と給与及び賞与を同一とすることで右申入れを承諾し、同年一〇月一日から被告に入社する旨伝えた。
(6) 以上のとおり、原告杉村については同年九月一三日、原告荒木については翌一四日、被告との間で、被告が「ジャンボ」の三階部分にオープンする時間制のミニ・クラブの店長として原告杉村を、支配人として原告荒木をそれぞれ雇用し、原告らが訴外会社から支給を受けていたと同額の給与及び賞与を支払う旨の雇用契約が成立した。
(二) 被告の雇用契約違反(債務不履行)
(1) 前記雇用契約に基づき、原告杉村は、同年九月二〇日に、原告荒木は、同月三〇日にそれぞれ訴外会社を退職し、その翌日から被告に入社してミニ・クラブのオープンに備えた。
(2) しかるに、その後、被告は、正当な理由もなく原告らが右ミニ・クラブで就労することを拒否し、右ミニ・クラブとは全く異なる場所で就労するよう申入れるに至った。
(3) そこで、原告らは、被告に対し、同年一〇月一五日、退職の意思表示をした。
(4) したがって、被告は、原告らに対し、被告在職中の後記賃金の支払義務及び被告の雇用契約違反(債務不履行)によって原告らが被った後記損害の賠償義務がある。
(三) 賃金
原告らは、訴外会社から支給を受けていたと同額の給与を支給するとの条件で被告に入社したものであり、訴外会社在職時における給与月額は、原告杉村が三三万六〇〇〇円、原告荒木が三一万一〇〇〇円であったから、被告在職中の原告らの賃金は次のとおりの金額となる。
原告杉村(在職同年九月二一日から一〇月一五日まで)
金二八万円(30336,000×25÷30)
原告荒木(在職同年一〇月一日から同月一五日まで)
金一五万五五〇〇円(311,000×15÷30)
(四) 損害
(1) 原告らが勤めていた訴外会社では、三か月以前に退職する旨申し出れば、基本給に勤務年数を乗じて得られる金額の退職金が支給されることになっているところ、原告らは、被告との間の雇用契約成立により急拠退職したため、その六割しか支給を受けられなかった。したがって、原告らは、右退職金の四割相当額の損害を被った。
原告杉村(基本給二〇万六〇〇〇円、勤続年数三年)
金二四万七二〇〇円(206,000×3×40÷100)
原告荒木(基本給一五万一〇〇〇円、勤続年数三年)
金一八万一二〇〇円(151,000×3×40÷100)
(2) 原告らは、被告の契約違反(債務不履行)がなければ、少なくとも昭和五八年一〇月一六日以降昭和五九年四月一五日までの六か月間は被告に勤務して訴外会社から支給を受けていたと同額の給与及び年末賞与(基本給×一・二五)の支給を受けられたはずであるが、被告の契約違反によりその支給を受けられず、右給与及び賞与相当額の損害を被った。
原告杉村
給与相当額 金二〇一万六〇〇〇円(336,000×6)
賞与相当額 金二五万七五〇〇円(206,000×1.25)
原告荒木
給与相当額 金一八六万六〇〇〇円(311,000×6)
賞与相当額 金一八万八七五〇円(151,000×1.25)
(五) 以上(三)及び(四)の合計額
原告杉村 金二八〇万〇七〇〇円
原告荒木 金二三九万一四五〇円
3 被告の不法行為による損害賠償請求(予備的請求原因)
(一) 仮に前記雇用契約成立の主張が認められないとしても、大草社長及び松岡常務は、「ジャンボ」の三階部分を時間制のミニ・クラブとして新しくオープンし、原告らをその店長及び支配人として雇用する確実な計画もないのに、それが確実であるかの如く原告らに話して入社を勧誘したため、原告らはこれを信じて訴外会社を急拠退職するに至ったものである。無論大草社長及び松岡常務は、右勧誘行為により、原告らが「ヤング・ハル」を退職することを十分認識していたし、仮にそうでないとしても、少なくとも原告らが「ヤング・ハル」を退職するであろうことは、通常の注意を払えば認識しえたはずである。したがって、大草社長及び松岡常務の右勧誘行為は、故意又は過失による違法な行為というべきであるから、これにより原告らが被った損害につき被告は不法行為責任を負うべきである。
(二) しかして、原告らは、大草社長及び松岡常務の右違法な勧誘行為がなければ、少なくとも各退職日の翌日から昭和五九年四月一五日までの間訴外会社に勤続のうえ退職し、少なくとも前記2(三)及び(四)に相当する給与、賞与及び退職金の支給を受けることができたはずであるから、被告は、それと同額を原告らが被った損害として賠償すべき義務がある。
よって、被告に対し、主位的には賃金請求権及び債務不履行による損害賠償請求権に基づき、予備的には不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告杉村は金二八〇万〇七〇〇円、原告荒木は金二三九万一四五〇円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年一二月一八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1(一)の事実は認める。(二)の事実は不知。
2 同2及び3の事実ないし主張は否認若しくは争う。
三 抗弁
仮に原告らが訴外会社を退職したものだとしても、原告らには、被告が「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンし、原告らがその店長、支配人に採用されるか否かを確かめないで右退職に及んだ過失がある。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠
証拠関係は本件記録中の書証目録および証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがなく、原告ら各本人尋問の結果によれば、同(二)の事実が認められる。
二 主位的請求原因(賃金請求及び被告の債務不履行による損害賠償請求)について
1 まず、原告らと被告との間の雇用契約の成否について検討する。
前記一の当事者間に争いのない事実及び認定事実、証人松岡資、同大草邦男の各証言、被告代表者、原告ら各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告杉村は、昭和四八年六月から昭和五二年一月まで被告に在職し、退職時には被告が堺市内で経営するキャバレー「チャイナ・タウン」の店長をしていたが、ホステスの人数を水増ししてその分の給料を被告に請求し、これを店の交際費等に費消していたことが発覚し、被告からその責任を追及されたことが主な原因で被告を退職するに至ったものである。
(二) ところで、被告の営業担当である松岡常務は、自分と同じ意向を有していた被告の代表取締役である大草社長と内々に相談して、昭和五八年春ころからキャバレー「ジャンボ」の三階部分を改装して時間制のミニ・クラブとすることを計画し、前記(一)のとおり以前被告に勤務していた際に店長としての能力を高く評価していた原告杉村がミニ・クラブ「ヤング・ハル」の店長をしていたことから、同年五月ころ、原告杉村に電話し、原告杉村からミニ・クラブの経営方法等の説明を受けた。そして、その際、松岡常務は、原告杉村に対し、前記計画を話して被告がミニ・クラブをオープンすることになった場合には、その店長として働くよう勧誘した。また、大草社長も、その翌日ころ、松岡常務より原告杉村のことを聞いて秘書らとともに「ヤング・ハル」を視察に訪れ、その際、原告杉村に対し、「ジャンボ」の三階部分をミニ・クラブにする計画があり、そのミニ・クラブの店長として働くよう勧誘した。そして、大草社長は、以後原告杉村に対する勧誘を松岡常務に一任した。もっとも、当時は、原告杉村が訴外会社を直ぐに辞めることができないことを理由に右勧誘に応じなかったため、それ以上右勧誘の話は進行せず中断した。ところが、原告杉村は、同年七月下旬ころ、キャバレー「ワールド」において、偶然松岡常務と会い、その際にも前同様の勧誘を受けたため、同人に対し、一か月位経ったら働けるかもしれない旨返答した。
(三) そうすると、原告杉村は、同年八月二二日、松岡常務から喫茶店に呼び出され、同年一〇月中に「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンするので、その店長に就任して欲しい旨再度勧誘されたため、同人に対し、右ミニ・クラブの一日当りの売上目標、店長に就任した場合の給与及び賞与、ホステス勧誘のための活動費等を尋ねたところ、同人から右売上目標は五〇万円、右給与及び賞与は訴外会社と同額を支給するなどの回答があり、また、給与及び賞与を訴外会社と同額支給するので、右ミニ・クラブの支配人を引受けてくれる者も連れて来て欲しい旨依頼を受けた。そして、原告杉村は、同月二四日松岡常務とレストランで会食したところ その際には大草社長も同席し、同人からも同年一〇月中にミニ・クラブをオープンしたいので、その店長に就任して欲しい旨要請を受けたため、同人に対し、改めて右ミニ・クラブの一日当りの売上目標、店長及び支配人の給与及び賞与等を確認したところ、その点も松岡常務と同様の回答があった。また、原告杉村は、その席上、右ミニ・クラブの支配人候補者として「ヤング・ハル」で同じく支配人をしている原告荒木の名前を挙げたところ、大草社長及び松岡常務から支配人の人選については一任する旨言われた。
(四) そこで、原告杉村は、「ジャンボ」の様子を視察したうえ、同年九月一〇日、松岡常務に対し、電話でミニ・クラブの店長を引受ける旨伝え、翌一一日喫茶店において同人と会った際、一応ミニ・クラブのオープン予定日とされた同年一〇月二〇日の一か月前である同年九月二〇日付で訴外会社を退職する旨伝えたところ、同人から翌二一日より被告に入社するよう申し渡された。また、原告杉村は、同月一三日、大草社長と会った際、同人からも右同様に申し渡されたので、同人に対し、ミニ・クラブの店長の給与及び賞与、支配人の人選について最終的な確認をしたところ、同人から以前と同様右給与及び賞与は訴外会社と同一額を支給する旨言われたほか、支配人として原告荒木を連れて来て欲しい旨言われた。このため、原告杉村は、右同日、訴外会社に同月二〇日付で退職する旨の辞表を提出する一方、かねてより被告がオープンするミニ・クラブの支配人に就任するよう勧誘していた原告荒木からその承諾を取り付け、翌一四日、松岡常務に対し、原告荒木もミニ・クラブの支配人を引受け同年一〇月一日から被告に入社する旨伝えたところ、同人からも特に異議は出なかった。そこで、原告荒木も同年九月一五日訴外会社に対し、同月三〇日付で退職する旨の辞表を提出した。そして、以上の経緯で原告杉村は同年九月二〇日、原告荒木は同月三〇日、訴外会社を退職した。
(五) ところが、他方、被告においては、従前新たに店舗を開設するについては、大草社長、大草邦男専務取締役(以下「大草専務」という。)、松岡常務ほかの役員が出席する重役会議(取締役会)の承認を経てはじめてなしうることとなっており、大草社長や松岡常務の一存で行うことができないことになっていたほか、店長などの採用についても、大草社長が最終的な決定権を有してはいたものの、通常は被告の営業全般を取り仕切っていた大草専務の内定を事前に経ることになっていた。しかし、大草社長及び松岡常務はそのことを知りながら、「ジャンボ」の三階部分をミニ・クラブとし、原告らをその店長及び支配人とする計画が未だ準備の整わない段階で他の役員に知れると反対を受けて実現できなくなる恐れがあったので、これを他の役員に秘し二人だけでその準備を進めていたことから、同年九月下旬ころより、松岡常務から右計画を聞かされた大草専務や前田営業部長などの強い反対を受けるに至った。そのため、原告杉村は訴外会社退職の翌日である同月二一日から毎日被告経営のキャバレー「サン」の事務所に出勤し、ミニ・クラブ開店のための打ち合わせ等をしていたが、同月二三日、大草社長とあった際、同人から前田営業部長がミニ・クラブのオープンに反対している旨教えられ、翌二四日には、松岡常務から大草専務ら被告役員がミニ・クラブのオープンに反対していることを理由に自宅待機を命ぜられたため、やむなくその指示に従った。
(六) そして、同年一〇月一日、被告において重役会議が開かれ、松岡常務から正式に「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンし、原告杉村をその店長とする計画が提案されたが、その席上においても、ミニ・クラブをオープンする点につき、前田営業部長が「ジャンボ」の三階部分をミニ・クラブにすると四階部分の客の入りが悪くなるとして全面的に反対したことに加えて、店長を原告杉村とする点につき、前記(一)のとおり原告杉村が以前「チャイナ・タウン」の店長をしていた際に起こした不祥事を問題とする大草専務が反対したため、結局右計画案は重役会議の承認を得ることができなかった。
(七) その結果、大草社長は、「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンすることができなくなったため、同年一〇月二日、原告杉村と会った際、原告杉村に対し、その旨を告げるとともに、代わって被告経営のクラブ「チャイナ・タウン」でポルノ・ショップをするよう申入れたが、これを断られたので、次に前記「サン」の一角でミニ・クラブをするよう申入れた。しかし、これも店舗面積が狭いことなどから原告杉村の応じるところでなかったため、大草社長は、原告杉村に対し、反対派を説得するので同月四日に再び会う旨約束した。ところが、原告杉村は、右日に大草社長と会うことができず、同月六日原告荒木とともに被告本社に赴いてようやく大草社長と会うことができたものの、同人から今度は被告が借りている「勝」という名称の店舗でミニ・クラブをやるよう勧められた。しかし、原告らが条件が悪いとしてこれも断ったため、大草社長は、原告らに対し、同年一〇月中に「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンすることは無理だが、同年一一月一日にオープンしたいので、反対派の中心人物である大草専務を説得して欲しい旨申入れた。そこで、原告杉村は、右同日、前記「サン」の事務所で大草専務と会見したところ、同人からその場は社長命令であれば従う旨言われたものの、翌七日、再び右事務所で同人と会った際には、今日までのことは金銭解決とし、改めて被告経営のラウンジ「アン」の店長をして欲しい旨申入れられた。しかし、原告杉村は、立地条件等が悪いため、これも断った。そうするうち、同月一四日、松岡常務からも原告杉村に対し、電話で金銭解決したい旨の申入れがあったため、原告らは、これに応じることとし、翌一五日松岡常務と会見したところ、同人から原告らが考えていた要求金額を大幅に下回る六〇万円しか提示されなかった。そのため、原告らは、同人に対し、原告らも金銭で問題を解決させてもらうつもりである旨を告げ、右要求金額の明細書を手交して再考を求めた。しかし、同月一六日、原告杉村が確認のため松岡常務に対し電話したところ、同人から六〇万円が大草社長の最終回答である旨告げられた。このため、原告らは、その後大草社長とじかに交渉すべく同人に対し再三面会を申入れたが、一向に応じてもらえなかったので、遂に本訴を提起するに至った。
以上の事実が認められ、証人松岡資、同大草邦男の各証言、被告代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は原告ら各本人尋問の結果と対比してたやすく措信できず、他に右認定に反する証拠はない。
右認定事実に照らして考えると、被告の代表者である大草社長及び同人から原告らの採用について委任を受けた松岡常務(以下「大草社長ら」という。)の勧誘により、原告杉村については、昭和五八年九月一三日、原告荒木については同月一四日、大草社長らとの間で、被告が同年一〇月中に「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンするのに備えて、原告杉村が同年九月二一日から、原告荒木が同年一〇月一日から被告に入社して右ミニ・クラブのオープン準備に当たったうえ、右ミニ・クラブのオープン後は、原告杉村がその店長、原告荒木がその支配人として就労し、これに対し被告が原告らにおいて訴外会社から支給を受けていたと同額の給与及び賞与を支給する旨の合意が成立したものと認めるのが相当であるから、そうである以上、原告らと被告との間に、右合意を内容とする雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)の成立を認めるほかはない。
2 そこで、原告らの本件雇用契約に基づく賃金請求について検討する。
(一) 前記1(四)ないし(七)認定の事実及び弁論の全趣旨によると、本件雇用契約に基づき、原告杉村は、昭和五八年九月二一日から被告に入社し同月二三日までミニ・クラブのオープン準備のため就労したが、大草専務らの反対を受けた松岡常務から自宅待機を命ぜられ、翌二四日以降就労できなかったこと、また、原告荒木は、同年一〇月一日から被告に入社しミニ・クラブのオープン準備のため就労するはずであったが、右同日、重役会議の不承認によってミニ・クラブがオープンされないこととなったため、同日以降全く就労できなかったことが認められる。
(二) 原告らは、右のとおり就労できなくなったため、被告に対し、同年一〇月一五日、退職の意思表示をした旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。もっとも、前記1(七)認定の事実によると、被告の松岡常務から、原告らに対し、原告らが本件雇用契約に基づき就労できなくなったことにつき金銭解決の申入れがあり、原告らもこれに応じて同年一〇月一五日松岡常務と会見し、その際同人に対し金銭解決による意思であることを明らかにしており、しかも、その後原告らにおいて被告に対し本件雇用契約に基づき就労させるよう要求していないから、これらの事実に徴すれば、松岡常務から原告らに対する金銭解決の申入れは本件雇用契約解約の申入れであり、原告らがこれに応じて松岡常務と会見したことは右解約申入れに対する黙示的な承諾の意思表示と解すべく、したがって、本件雇用契約は、原告らと被告の間で、同年一〇月一五日合意解約され、同日の経過とともに原告らは被告を退職するに至ったものと認めるのが相当である。そうすると、原告杉村は、昭和五八年九月二一日から被告に入社し同月二三日までの三日間就労したが、翌二四日から就労不能のまま同年一〇月一六日被告を退職したものであり、原告荒木は、同年一〇月一日被告に入社したものの就労不能のまま同月一六日被告を退職したものということができる。
(三) ところで、労働者は、現実に就労することによって初めて賃金請求権を取得するのが原則であるが、使用者の責めに帰すべき事由によって就労できない場合には、民法五三六条二項により、使用者に対し、その間の賃金請求権を失わないものと解するのが相当である。
そこで、本件において、原告らが前記の期間就労できなかったことが被告の責めに帰すべき事由によるものか否かについて更に検討すると、前記1(三)ないし(六)認定の事実によれば、大草社長らは、重役会議の承認を経ない限り、「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンすることができないことを知悉していたものであるから、原告らを勧誘するに際し、事前に右重役会議の承認を経ず、原告らを右ミニ・クラブのオープン準備のため及びオープン後その店長、支配人とするため雇用しても、後日他の役員から反対されたり、重役会議の承認を得られなかったりすれば、右ミニ・クラブのオープン準備が阻まれるばかりかそのオープン自体が不可能となり、その結果原告らが就労できなくなることを容易に予見し、又は予見し得る状況にあったというべきである。しかるに、大草社長らは、「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンする計画の実現を図るべく、あえて右計画につき重役会議の事前の承認を経ず原告らを勧誘し、その間で本件雇用契約の合意をなしたため、その後大草専務らの反対や重役会議の不承認を受けて右計画の実現が不可能となり、原告らは就労できなくなったものである。そうだとすれば、原告らが就労不能となったことについて大草社長らは過失を免れないものといわざるを得ないから、被告としても、原告らの就労不能をもってその責めに帰すべからざる事由によるものとし、原告らに対する就労不能期間中の賃金支払義務を免れることはできないものというべきである。
(四) しかして、原告らは、本件雇用契約に基づき、訴外会社から支給されていたと同額の給与を支給されることになっていたところ、(証拠略)によれば、原告らの訴外会社退職前三か月間における一か月の平均賃金は、原告杉村が三三万六〇〇〇円、原告荒木が三〇万一〇〇〇円であったことが認められるから、前記(二)の期間(原告杉村が昭和五八年九月二一日から同年一〇月一五日までの二五日間、原告荒木が同年一〇月一日から一五日までの一五日間)中被告から原告らに支払われるべき賃金は、原告杉村が二八万円(336000×25÷30)、原告荒木が一五万五〇〇円(301000×15÷30)と認めるのが相当である。
3 次に原告らの被告の本件雇用契約違反(債務不履行)を理由とする損害賠償請求について判断する。
(一) 前記1の認定判断によれば、原告らは、被告が「ジャンボ」三階部分にオープンするミニ・クラブの店長、支配人として就労する予定で大草社長らとの間に雇用契約を締結したものであるところ、このように労働条件たる就労場所、職種が明示的に雇用契約の内容となっている場合には、使用者は、労働者がその変更に同意する等の特別の事情のない限り、労働者に対し、当該就労場所において当該職種の仕事を与えて就労させる義務を負っているものと解されるから、使用者がその責めに帰すべき事由によって右義務を履行しないため労働者において就労できない場合には、労働者は、使用者に対し、前記2(三)のとおり民法五三六条二項に基づきその間の賃金を請求できるだけでなく、使用者の右義務不履行によって被った損害の賠償を請求することができるものと解するのが相当である。
本件についてこれをみるに、前記2(三)の認定判断によれば、被告の代表者たる大草社長らは、重役会議の不承認で「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンすることができなくなったため、原告らをそのミニ・クラブの店長、支配人として就労させる義務の履行ができなくなったものであり、しかも、その義務不履行について過失を免れないといわざるを得ない。そうすると、被告としても、その責めに帰すべき事由により原告らを就労させる義務の履行を怠ったものというほかはないから、原告らが右義務不履行によって被った損害があればこれを賠償する義務があるものといわなければならない。
(二) そこで、進んで原告ら主張の損害について検討するに、まず、原告らは、被告の本件雇用契約違反(前記義務不履行)によって、訴外会社から退職金の六割しか支給を受けられず、支給を受けられなかった右退職金の四割と同額の損害を被った旨主張する。しかしながら、右退職金の四割は、もともと被告が本件雇用契約を履行したとしても、原告らにおいて訴外会社から支給をうけられなかった筋合のものというべきであるから、その意味で、被告の本件雇用契約違反と原告らが右退職金の四割の支給をうけられなかったこととの間に相当因果関係はないというべきである。したがって、原告らの右主張は失当である。
また、原告らは、被告の本件雇用契約違反によって被告から得べかりし六か月分の給与及び賞与相当の損害を被った旨主張する。しかしながら、前記3(一)のとおり、原告らは、被告がその責めに帰すべき事由によって原告らを就労させる義務の履行をしない以上、被告に対しその間の賃金請求権を失わなかったものというべきであるから、被告の右義務不履行によってその主張にかかる給与及び賞与相当額の得べかりし利益を喪失したということはできず、原告らが右利益を喪失したのは前記2(二)認定のとおり、原告らが自ら被告との間で本件雇用契約を合意解約したことに帰因するものといわなければならない。したがって、原告らの右主張も失当というほかはない。
(三) 以上検討してきたところによれば、被告の本件雇用契約違反を理由とする原告らの損害賠償請求は、その余について判断するまでもなく理由がない。
三 予備的請求原因(被告の不法行為による損害賠償請求)について
1 大草社長らは、原告らを勧誘するに当たり、後日重役会議の承認を得られなければ、「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンできず、その結果原告らをその店長、支配人として就労させることができなくなることを予見し、又は予見し得る状況にあったにもかかわらず、そのことを原告らに告知したことはなく、かえって右ミニ・クラブをオープンすることを当然の前提として原告らを勧誘したため、原告らは、大草社長らの勧誘行為を信頼し、右ミニ・クラブの店長、支配人として就労できるものと期待して訴外会社を退職し、大草社長らとの間で本件雇用契約の合意をしたこと、ところが、その後重役会議の不承認で右ミニ・クラブのオープンが不可能となったため、原告らはその店長、支配人として就労できなくなり、やむなく本件雇用契約を合意解約するに至ったことは、既に認定したところから明らかである。そうすると、以上の事実に照らし、大草社長らは、原告らを勧誘するに当たり、原告に対し「ジャンボ」三階部分のミニ・クラブの店長、支配人として就労できない場合もあり得ることを告知すべき信義則上の注意義務を怠った過失があったものというべきであるから、原告らが右勧誘行為により右ミニ・クラブの店長、支配人として就労できるものと信じて訴外会社を退職しその結果損害を被ったとすれば、右勧誘行為は不法行為を構成し、被告は、民法四四条ないし七一五条により、右損害を賠償する責任があると解するのが相当である。
2 そこで、進んで原告ら主張の損害について検討する。
(一) (証拠略)、原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告らが勤務していた訴外会社においては、給与規定により、退職した社員に対し、退職当時の基本給に勤続年数に応じた支給率(月数)を乗じて得た金額の退職金が支給されること、しかし、原告らが訴外会社に在職していた当時の給与規定によると、原告らのような役付社員が三か月以前に退職の申出をせず退職した場合には右算定方法による退職金の四割が減額されて支給されることになっていたこと、そのため、大草社長らの勧誘行為により右三か月の退職期間を置かず急拠訴外会社を退職した原告らは、訴外会社から前記算定方法による退職金の六割(但し、在職中の功績が考慮されて、支給率は給与規定の支給率表甲欄記載の支給率が適用された。)しか支給を受けられず、その四割の支給をうけられなかったこと、原告らは、いずれも右退職時まで訴外会社に三年五か月余り勤務し、昭和五八年一〇月には原告杉村が部長に、原告荒木が店長にそれぞれ昇格する話もあり、大草社長らの勧誘を受けなければ、急拠訴外会社を退職することはなかったことが認められ、これに反する証拠はない。
右認定事実によると、原告らは、大草社長らの勧誘行為がなければ、三か月の退職期間を置いて訴外会社を退職し、訴外会社から前記算定方法に基づく退職金全額の支給を得ることができ、したがって、少なくとも前記減額された退職金四割相当額の利益を得られた筈であると解される。そうすると、原告らは、大草社長らの勧誘行為により、訴外会社から前記退職金四割相当額の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を被ったものというべきである。
しかして、原告らの訴外会社における勤続年数がいずれも三年五か月余であることは前示のとおりであり、これを原告らの主張に即して退職金算定上三年とすると、これに対応する退職金の支給率(支給率表甲欄記載の支給率)は、(証拠略)によれば、三か月と認められること、そして(証拠略)によると、訴外会社退職時の基本給は、原告杉村が二〇万六〇〇〇円、原告荒木が一五万一〇〇〇円であったことが認められる。そうすると、原告らが訴外会社から得べかりし前記退職金四割相当額は、原告杉村が二四万七二〇〇円(206000×3×40÷100)、原告荒木が一八万一二〇〇円(151000×3×40÷100)となるから、被告は、これを賠償する責任がある。
(二) 次に、原告らは、大草社長らの勧誘行為により訴外会社を退職したため、訴外会社から少なくとも各退職日の翌日から昭和五九年四月一五日までの間の給与及び賞与相当額の得べかりし利益を失い、同額の損害を被った旨主張する。しかしながら、前記二2、3の認定判断によると、原告らは、被告に対し、訴外会社退職の各翌日から本件雇用契約を合意解約した昭和五八年一〇月一五日までの分の賃金請求権を有しており、また、同月一六日以降も本件雇用契約を合意解約していなければ、賃金請求権を失わず、その主張にかかる昭和五九年四月一五日までの給与及び賞与相当額の収入を被告から得られた筈であって、原告らには損害はなかったものと解される。したがって、大草社長らの勧誘行為によって原告らがその主張にかかる給与及び賞与相当額の利益を喪失したということはできないから、原告らの右主張は採用できない。
四 抗弁(過失相殺)について
被告は、原告らには、被告が「ジャンボ」の三階部分にミニ・クラブをオープンし、原告らをその店長、支配人として採用するか否かを確かめないで訴外会社を退職した過失がある旨主張するが、前記一1に認定した大草社長らの原告らに対する勧誘行為の経過に照らすと、右主張を容れることはできないものというべきである。
五 結論
以上によれば、被告は、原告杉村に対し未払賃金二八万円及び不法行為による損害金二四万七二〇〇円の合計五二万七二〇〇円、原告荒木に対し未払賃金一五万〇五〇〇円及び不法行為による損害金一八万一二〇〇円の合計三三万一七〇〇円及びこれらに対する本件訴状が送達された日の翌日である昭和五八年一二月一八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。
よって、原告らの本訴各請求は、右の限度において正当として認容し、その余はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条、九二条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 水谷博之)